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オリンピックと東京のスポーツ環境デザイン

渡 和由[筑波大学芸術系准教授 環境デザイン]

東京に、座って、食べて、眺める「場所」をつくる
私は中学時代に柔道部に在籍していました。柔道と環境デザインの共通点は、「道」のデザインにあると思います。
ロンドンオリンピックではレガシープランとして3つのP、すなわち、Place、People、Playがあげられています。東京には、とくにPlace、「人を中心とした楽しい公的な居場所」が足りないと感じられます。ですから今日は、そうした場所づくり(place making)についてお話しします。
私は、東京のplace makingの課題として、「日常的なリクリエーション」、「都市環境」、「街周辺の自然環境」の3つを考えています。こうした場所をどのように楽しい場所とするのか。これを私の造語による7つの視点から提案していきましょう。

まずは「座り場」。これはニューヨークのマンハッタンの真ん中にあるブライアント・パークの例ですが、2.5haほどのスペースに約4500脚の自由に動かせる椅子が備えられています。平日の昼下がりには周囲の職場から人が出てきて、自由に座ることができます。あるいは、これは他の例ですが、週2回公園で開催されるマルシェ(市場)の傍らにも、「座り場」が設置されています。日本ではただ通過するだけのマルシェが、「座り場」があることで滞在できる場所になっています。こうした例を参考に私は、筑波大学附属病院の外来の待合室の椅子を逆向きに変えるだけでコンサートの場をつくるという、「椅子の力」を発揮させる実験を行ってきました。椅子を効果的に使った「座り場」は、ニューヨークでも日本でも、少しずつ増えてきています。

2つ目は「食道【しょくどう】」。たとえばグーグル本社のあるカリフォルニアのマウンテンビューの駅前には、車道に食事をする場所が設置されています。東京でも、公開空地に椅子を置いて、誰もが座って飲食ができる場所も生まれ始めています。神保町には、あるお店が自主的に、誰もが座れる布製のソファを通りに置いているケースもあります。これは、雨が降るとあわててビニールのカバーをかけるのだそうです(笑)。また吉祥寺では、ドーナツを買うと、前の広場で敷いて食べられるようにと、レジャーシートを貸し出す店も出現しています。

3つ目は「眺め場」。屋外に座る場があれば、食事をしながら風景を楽しむこともできます。そういう眺めを意識した店も増えてきました。ニューヨークのハイライン公園では、鉄道の高架跡に椅子を置いて「眺め場」としています。あるいは、あるパン工場は周囲をガラス張りにして、普通では見えない場所を見せていて、これも「眺め場」だといえるでしょう。シンガポールでは、日本ではデッドスペースとなりがちな橋の下にコーヒーショップをつくり、「食道」であり「眺め場」であるような、新たな活用の例もありました。

灯りと陰を有効に使った場所づくり
4つ目は、陰を有効に使った「陰り場【かげりば】」。陰がないと、人は屋外には長時間いられないものです。最新のショッピングセンターでは、人工的な屋根ではなく、樹木を効果的に配して木陰を創出しています。先ほどのブライアント・パークでも、陰のあるところにたくさんの人が集まっていることがわかります。たとえば東京・六本木のミッドタウンのエントランスには、巨大な半透明の屋根が架けられ、ちょっとした「陰り場」をつくっています。
たとえば、私が設計計画に参加した小さなビジターセンターでは、軒下を「陰り場」としたことで、そこに近所のおばさんたちや観光客が憩う場所が生まれました。そこに自由に使える椅子とテーブルを置き、室内にも同じものを置くことで、内と外が自由に往き来できる、フレキシブルな空間となっています。

5つ目は陰とは反対の「灯り場【あかりば】」。夜に暗い中で長時間座っていることは、防犯上も問題があります。しかし適切な灯りに照らされていれば、夜でも座って憩うことができる。カフェや本屋などのお店があれば、よりリラックスでき、楽しい場所となるでしょう。バス停などの「座り場」にも、とうぜん灯りは必要ですね。

楽しい場所は、人の心も体も動く場所
6つ目は「話し場/聞き場」。話が弾むような場所は魅力的ですね。話をじゃましないくらいのBGMがあることも効果的でしょう。子どものためにオウムが飼われ、オウムと話すことができるような場所も生まれているようです。

最後の7つ目は「巡り場」。ひとつの場所を起点として、そこから街の中へ、あるいはその周辺を巡るという、動きを伴う場所づくりで、これはスポーツやリクリエーションとも関連してくるでしょう。最初のブライアント・パークの例のように、稼働椅子を持って園内を移動するということがまず考えられるでしょう。さらに園内の水辺を巡ったり……。
これは日本の星野リゾートが軽井沢で展開する例ですが、敷地内に小さな小屋を点在させたり、インタープリターと呼ばれる案内役が、隣接する国設の野鳥の森のエコツアーを行ったりと、観光客を自然の中へ連れ出すビジネスの試みも見られます。また、シリコンバレーの真ん中にあるグーグルの本社の周囲には、上空から見るとうねうねとした道が見えます。社員には自転車が貸し出され、この道を自由に走ったりまた歩いてみたりと、日常的な体を動かす場となっている。クリエイティブな会社はそんなところにも、独自の工夫を凝らしているんですね。

こうした場所づくりは、既存の環境の利用や仮設の構成によってさまざまに実現可能ですが、従来は行政がまったくこれに対応してきませんでした。しかし2020年の東京オリンピックに向かっては、これまでの行政の対応を180°変えて、楽しく、居心地の良い場所を積極的につくっていくことが必要です。これは単に場づくりだけではなく、防犯や防災、社会福祉、さらには出会いの場が多くなることで少子化の防止にも(笑)効果があるのではないかと考えています。