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エンターテインメント立国

松尾伴大[筑波大学卒業生 デザインプロジェクト「参」メンバー、音響エンジニア

工業的「物作り」から発想する「ものづくり」へ
私は2000年に筑波大学を卒業し、某オーディオメーカーに音響エンジニアとして勤務する傍ら、在学中に3人の仲間たちと始めたデザインプロジェクト「参」の活動を継続しています。会社員として、また個人のデザイナーとしてものづくりに関わってきたなかで、2020年、そしてそれ以降に何ができるか、そんなことをお話ししたいと思います。
日本のメーカーで世界中に向けてモノを発信していると、「日本」の強みについて考えることが多くあります。私がエンジニアになったのは、中学の頃NHKの「電子立国日本の自叙伝」という番組を見て、日本の強みは「物作り」だと思ったことがきっかけでした。あえて漢字で書きましたが、いわゆる製造業ですね。これまではそういうところで、日本は強みを発揮してきたわけです。
今メーカーに在籍し、アジア圏の国々が主となった生産拠点を見てみると、彼らも私たちと同じように指先が器用なのに、できてくるものが違うんですね。それはなぜかと考えると、それは物作りのめざす考え方に差があるからだと感じました。私は、日本が物作りに長けているのは、単に手先が器用なだけではなくて、できあがりの物の質に求める感性の高さのためではないかと思います。
今は日本で物を作る機会は減って、アメリカを始め、中国や韓国など海外の企業に押されて、物作りの日本というプレゼンスが落ちてきているとも感じますが、一方で僕は、プロダクトに限らない日本の「ものづくり」が、これからは強みをもって活躍していけるのではないかとも感じています。

月に、オリンピックの映像を投影する
よく日本人は周囲の目を気にしすぎるといわれますが、裏を返せば、それは他人のことを考えることができるということではないでしょうか。だったらちょっと方向を変えて、「人を楽しませる」というところに「気」を向けてはどうでしょう。「おもてなし」という言葉がよく使われていますが、これも他人を喜ばせたい、楽しませてあげたいという気持ちから出てくるのではないでしょうか。
ですから僕は2020年に向けて、日本は人を楽しませる国になっていけばいいと考えます。自分たちが楽しむだけではなく、周囲の人をどう楽しませることができるか。これまで製造業で培ってきた発想力、技術力を、他人を楽しませることに注力すればいいのです。
2020年は、日本がどんな国になっていこうとしているのかを世界の人に見せる良いプレゼンテーションの場です。しかし世界中の人が楽しめるオリンピック・パラリンピックとはどんなものでしょう。高解像度のカメラと大容量のデータ通信で世界中の人に興奮を届ける、そういう技術もあるでしょう。あるいは大会自体をゲームとして楽しいものにする、そうした方向性もあると思います。でも、世界中の人たちがもっとわかりやすく楽しむことはできないでしょうか。

そこで考えたのが、単純ですが、月にオリンピックの様子を投影するというアイデアです。
もちろんVTRやインターネットで配信することはできますが、楽しめるのはデバイスに恵まれた地域に限られます。単純に月を見上げれば東京のオリンピックが見ることができる。それが実現できれば、文字通り世界中が楽しめるオリンピック・パラリンピックといえるのではないでしょうか。
オリンピック・パラリンピックは、ひとつの国の中で完結させないで全世界が共有すること、開催国が全世界のみなさんに向けて大会をつくり、分け隔てなく、世界中のみなさんに見せる、ということに意義があると思います。

楽しませることに一生懸命な日本でありたい
月に映像を投影するというアイデアは一見馬鹿げたことに思われますが、もし日本が本気で「これを実現します」と世界に宣言したら、いったい何が起こるでしょうか?
最初は信じなくても、可能性が見えてくれば、世界中が期待してくれるようになるかもしれません。「手伝ってもいいよ」と、協力してくれる人たちも現れるでしょう。そうして世界中の人たちが力を貸してくれ、ともに成功をめざせたら、とてもいいことだと思います。
ですから2020年をめざして日本は、世界を楽しませるために一生懸命な国になり、世界中の人から応援してもらえるような国、そんな国になっていくといいなと思っています。きっと、自分たちのためにがんばってくれている人たちを、人は嫌いにならないのではないでしょうか。

私自身は会社勤務と「参」のデザインプロジェクトを平行して続けてきたことで、非常に広い視点で社会にかかわることができていると感じています。2011年には仲間を集めて、社会人のプラットフォームとしての「3_2_1_0」をつくりました。2020年の東京大会の開催が決まったときには、この「3_2_1_0」をベースに、個人としてオリンピック・パラリンピックにかかわっていけないだろうかと考えました。
行政や大手の広告代理店に任せるのではなく、自分たちが動くことでつくっていけることもあるのではないか。昨年秋の東京デザインウィークでは、代官山でシンポジウムを行いました。これがきっかけで文部科学省とのコラボレーションも始まり、科学者を巻き込んで、月への映像投影の可能性を科学的に、大まじめに検討するイベントも開催する予定です。
個人が動くことで行政を巻き込むこともできる。そうしたいろんなアクションを起こせば、この6年間に、2020年を大きく盛り上げる力となっていけるのではないでしょうか。