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人と融合するロボットデザイン

河本浩明[筑波大学システム情報工学系 サイバニクス研究センター]

装着することで人の運動機能を改善・補助・拡張するロボットスーツHAL
今日ご紹介するロボットデザインは形だけではなく、機能もデザインとして考えられます。今日は、われわれが研究開発している装着型ロボットスーツ「HAL」を中心に、2020年、さらにその先の未来に、HALのデザインがどうなっていくのかをお話ししたいと思います。

ロボットには大きく2つの種類があります。ひとつは人型ロボット(ヒューマノイド)や探査ロボット」など、ロボット自身が意思を持ち、ロボット自体が見て判断し、行動するといった、いわば自分の身代わりをするものです。宇宙や災害現場など人の入れない極限環境下や、また日常の生活空間で人のお世話をするロボットです。そしてもうひとつ、われわれが取り組んでいるのは、人と機械が一体となるロボットです。このロボットは意志を持ちません。意志を持つ人が機械を装着することによって、自分の能力を向上させられるロボットです。

HALは装着することで運動機能を補助したり、改善、拡張します。全身型ロボットスーツには、肩、ひじ、股関節、膝にそれぞれアクチュエータがあり、その力を人に伝えて運動をアシストします。全身型ロボットスーツは2006年にはグッドデザイン金賞を受賞しました。

こうした技術の利用範囲は広く、足に障害のある方が歩けるようにしたり自立動作支援、繰り返し使うことで障害の機能回復を支援したり、またベッドから車イスに運ぶような介助のサポートする介護動作支援などにも役立ちます。さらに建築現場で重いものを持ちあげるなどの重作業にも使うことができます(重作業支援)。現在では下半身型、手やひじ、腰といった部分型、またリハビリ用、災害レスキュー用などさまざまなタイプの展開を始めています。

動きたい思いをHALに伝える「サイバニクス随意制御」
ロボットスーツは、外骨格は骨、モーターは筋肉、コントロールシステムは脳、センサーは目や触覚などの感覚器官という具合に、ほぼ人間と同じ機能をもっています。

人の機能を拡張する場合、最も大切なことは何でしょうか。例えば、装着者が立ちたいと思ってもないのにロボットが勝手に立ってしまうと大変こまってしまいますね。つまり、「立ちたい」という装着者の意思をロボットに伝え、思い通りに動かせるかが重要で、それがキーテクノロジーとなります。これに対してわれわれは、人間の意思に応じて動く「サイバニクス随意制御」と、人間的な動作パターンをあらかじめ組み込んでおき、適宜選択する「サイバニクス自律制御」、この2つのコントロール方法を考え、そのハイブリッドで開発を進めてきました。

HALを装着して座っている状態で、「立ちたい」と考えると、脳が活性化し筋肉に向かって指令信号が流れます。筋肉はその信号を感知して収縮し、そのとき皮膚表面に微小な電極が計測されます。そこにはいつ、どのくらいの力でどのように動作したいのかという情報が含まれています。これをHALのセンサーでキャッチして、コンピュータ(コントロール・システム)で解析・処理して、アクチュエータへ指示を出すことで「立ちあがる」ことができるのです。一見簡単に見えますが、生体電位信号はとても微弱な信号で、運動意思として綺麗に取り出すのに長い年月がかかりました。

音符を演奏するように動くHALの「サイバニクス自律制御」
一方のサイバニクス自律制御では、あらかじめ運動パターンを組み込んでおきます。演奏における音符と楽器の関係を考えてみてください。たとえば歩行を解析すると、「足を振り出す」などさまざまな基本的な動作パターンが得られます。ロボットがアシストしやすいように、基本的な運動パターンに分離します。この運動単位を我々は「フェーズ」と呼び、ちょうどこれが音符に相当する部分です。

このフェーズをHALに入力し、組み合わせて実現させることで一連の動作を生み出し、運動をアシストできるようになります。つまり音符を演奏させるわけです。もちろん人によってフェーズの強さや遷移タイミングを調節して、その人の運動特性に合うような運動補助も可能となっています。
このようにHALではサイバニクス随意制御とサイバニクス自律制御を融合して使っております。HALは「Hybrid Assistive Limb」その頭文字をとってHALと呼んでいますが、サイバニクス随意制御とサイバニクス自律制御との融合を意味しています。

現在は主に医療・福祉分野に応用し、運動機能に障がいをもつ方の運動機能改善をめざすなどの臨床試験が、筑波大学付属病院を始め、日本、世界各国で始められその有効性が確認されています。とくにドイツではこの日本発のHALをどこよりも早く取り入れて、治療として運動機能改善の取り組みを始めています。

人の行動を記憶し、伝えるHALのデザインの可能性
これまでは主に今現在までのHALをご紹介してきましたが、ここからは、HALの将来を考えてみましょう。
現在ではHALの技術を使い、思い通りに動かすことのできる義手や義足の開発に取り組んでいます。実際に脚部を失った方に装着してもらい、階段の昇り降りなどの実証試験も行っています。義手や義足が自分の意思で思い通り動けば、将来的にはパラリンピックで、サッカーや野球、バスケットといった球技にも応用できるようにがんばって行きたいと思ってます。

連動した2つのHALを使うと、片方の人の動作をそのまま通信でもう一方に伝えることもできます。何の役に立つかというと、セラピストと患者さんであれば、セラピストのいい動きを患者さんに伝えて、「動き方」を直接教える。あるいは逆に患者さんのままならない歩行を、セラピストが直接動作で知ることができる可能性があります。つまり「直接運動をつかって他人の身になって考えることができる」んですね。
さらにコーチの指導を選手にじかに伝えたり、名選手の動きをHALで記憶しておいて、50年後、100年後に、名選手の動きをそのまま体感できる「運動の博物館」とでもいうような画期的なこともできるかもしれません。HALは将来そんな機能としてのデザインの可能性を、われわれに感じさせてくれるのです。