減築で首都圏に水辺の風景を取り戻す
専門は建築設計で、大学では建築構法、建築のディテールを教えていますが、なかなかそこからオリンピックの話に拡大するのは大変なので、今日は日頃気になっていた「東京の水辺」についての話をしたいと思います。
巷では、オリンピックに向けたイヴェントの企画が進んでおりますが、僕にはあるパーティーボートのインテリアデザインの相談がありました。折角の機会ですから、内装だけではなく、東京のインフラの一助になるような提案にしたいと思い、これをきっかけに「東京の水辺」について考えるようになりました。
最初に考えたことは、都市の「減築」でかつてあった豊かな水辺空間をつくり出したらどうか、ということです。減築とは建築用語で、単体の建築の場合はのべ床面積を減らす改築のことをいいます。増築の反対ですね。ここではそれを都市全体にあてはめて、都市そのものを減築することで失われた空間を取り戻せないかということです。1964年のオリンピックに向けた都市計画は、都市を増築する一方通行のストーリーでした。しかし次の2020年に向けては、さらにつくるのではなく、人々のための公共空間をつくり出す減築についての議論をどんどん深めていくべきではないかと思います。
例えば、蓋がされてしまった運河や川を再び地上に出すことも有効ではないかと思います。現在進められている渋谷駅の再開発では、渋谷川を「春の小川」として復活させようというプロジェクトが含まれていて、大きなドブのような渋谷川が、じつは唱歌「春の小川」のモデルだったことも驚きでしたが、こんな巨大なプロジェクトの中で、小川の再生を目標として掲げていることは新鮮に感じました。計画は、川に沿って走る東急東横線の高架を取り払い、そこに小川を再生するというものです。都市の大きなインフラを撤去した跡に建物のない場所をつくる、まさに減築で川を取り戻す例です。川沿いには水辺の空間をつくる計画があり、東急が発表した完成予想図では遊歩道沿いにカフェなどの商業施設が描かれていて、「春の小川」のイメージとはずいぶん違うなあと思わないでもないですが、そういう取り組みも始まっています。
減築で水辺を取り戻す議論の中心となるのは、日本橋に架かる首都高速の撤去でしょう。数年前から、「日本橋に空を取り戻す」をスローガンとした議論が活発化していますが、その中にこの都心環状線が不要だという意見があります。日本橋の上を走る、この15kmほどしかない都心環状線ができたのが、まさに前回、東京オリンピックの前年でした。用地買収の手間を省くために江戸以来の運河を埋め立てたり、運河の上に高速道路を建設していったわけです。都心環状線不要論は、外側を取り巻く中央環状線、外環道、圏央道をちゃんと整備すれば、都心環状線はいらないだろうというコンセプトですが、これについては国も真剣に検討を始めているようです。こうした議論を受けて地元の町内会も、高速道路が取り払われた日本橋界隈の水辺の未来図を描くなどの盛りあがりを見せていて、とてもいいことだと思います。
高架を撤去して水辺空間を再現した先行事例としては、ソウルの中心を流れる清渓川(チョンゲチョン)があります。かつて高架があっとは思えないほどの豊かな水辺が出現していています。また水辺ではありませんが、ニューヨークのハイラインは、かつてあった鉄道の高架線を撤去せずに空中緑道としてそのまま再利用したプロジェクトで、既存の交通インフラが姿を変えて人々のオープンスペースになった好例だと思います。こうした事例はこれからの東京の都市デザインを考える上で、大変参考になると思います。
東京の水上交通の拠点を整備する
次に考えたのは、水上の交通拠点の再整備ということです。
東京には、主に災害時の拠点として、意外に多くの船着き場が整備されています。僕はかつて天王洲や辰巳といった運河近くのオフィスで働いていたため、運河は日常的に見る風景でしたが、行き交う船は川底をさらう作業船、パトロール船、屋形船がメインで、もっと個人が日常の交通手段として行き交っていてもいいのではないかと考えていました。
船着き場の管理者は国、都、区などまちまちのようで、目的も災害用、水上バスの発着場などさまざまです。しかしここ最近規制緩和が進み、申請すれば個人のボートが停められる船着き場も多くなっています。東京の船着き場マップに2020年東京オリンピックの会場予定地を重ねてみると、会場は湾岸に集中していますから、多くの船着き場が会場に隣接していることが分かり、交通手段としての水上交通の可能性が見えてきます。
すでに水上交通サービスとして、「リムジン・ボート」が登場しています。瀬戸内海などではすでに活躍している水上タクシーですが、東京では初の試みとして、4年ほど前に完成した羽田空港の船着き場を基点に、日本橋など各方面へ運行しているようです。
国も東京都も、都心の水上交通を活性化させたいと考えているようです。国際空港化が進む羽田空港でも4年前に船着き場が整備されていて、ホームページ上でも利用方法などがPRされていますが、実際に行ってみると、建物のデザインは東京のビジターを最初に出迎える施設としてはかなりイマイチで、ロケーションも空港のエントランス近くに空き地がいっぱいあるにもかかわらず、車がビュンビュン走る騒がしい幹線沿いを20分歩いたところにあって、折角つくるならば、国内外の人々が出会う場所に相応しいデザインはなかったのか疑問に思いました。日本橋の船着き場も待合室はただのテントで、こちらもとても楽しい環境とはいえません。
人々が行き交う水上交通の拠点となる公共空間としての船着き場をデザインすることが必要だと思います。