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東京の暮らしと移動を、デザイナーたちはどのように切り取り、編集していくのか。2020年の東京デザインノートと題したこのセッションでは、情報が変えていく暮らしと移動に焦点を当てて、東京に留まらない日本のデザインを考える。

1.東京の移動をデザインする 原研哉(デザイナー)
2.東京の情報をデザインする 田川欣哉(デザイン・エンジニア)
3.東京2020のデザインノート 深澤直人(プロダクトデザイナー)


<1>東京の移動をデザインする

原研哉(デザイナー)

島と島をつなぐ回遊観光のナビゲーション
オリンピックはわずか2週間で終わってしまいますから、むしろそれを契機として何をすればいいのかを考えなくてはなりません。これからは日本の国土全体を見渡して「国土」という資源を使って独自の観光や価値をつくっていくことが課題になってくると思います。ですから今日は少し引いた視点で、「海・空・都市のデザイン」というテーマでお話ししたいと思います。
まず「海」ですが、2010年から3年おきに開催されている「瀬戸内国際芸術祭」のコミュニケーションデザインを担当しています。これは瀬戸内海の島々を舞台にしたアートイベントですから、島々を自由に飛び歩くためのナビゲーションのデザインを考えてみました。
僕は岡山出身で、高校時代は夏になると瀬戸内の島々に飛び出していました。この経験からいうと、島々を自在にを飛び回るのは意外に大変です。島にアート施設をつくっても、うまく回遊できなければこの催しは成功しませんから、スマートフォンで使える地図アプリをつくりました。この海域では7つの船会社がさまざまな航路で船を走らせていますから、最適ルートを見つけ出すのは簡単ではありません。ですから港と港を選べば航路が検索が簡単にできる仕組みをデザインしました。海の上でもGPSは正確に機能します。こういうナビシステムがあれば、来場者はとても能動的に島々を飛び回ることができるようになります。
この芸術祭は3年に1度、5回開催する計画ですが、そのたびにこのシステムをブラシュアップしていけば、かなり使い勝手のよい情報のアーキテクチャーに育っていくと思います。僕は、日本の国立公園には、こうした情報のインフラが必要だと考えています。公園のゾーンを指定するだけではなく、そこにある情報をうまくつなぐことができれば、国立公園は観光資源としてももっと有効なものになるでしょう。

半島と半島をつなぐ飛行艇による遊覧飛行
「空」については、最近僕の妄想と構想がふくらんで、「半島航空」というものを考えています。
最近「富士山静岡空港」の設計コンペの審査に参加したのですが、この空港の可能性を考えると、施設や建築のデザインだけではなく、そこを拠点にしてどんな航空サービスができるかということの方に、むしろ可能性を感じました。
たとえば富士山の遊覧飛行も素敵ですが、もっと色々なところをつないでいく空路が考えられます。ヘリコプターなら六本木ヒルズや修禅寺が簡単に結べます。日本は海に囲まれていますから、海にも離着陸できる「飛行艇」を使えば、海はすべて滑走路になります。海上自衛隊が海難救助に使っている飛行艇「US-2」は、30人ほど乗れて100キロ以下のスピードでゆっくり離着陸できます。飛行艇による航空サービスは海外ではもう結構行なわれていて、カリブ海では実際にこうした飛行艇が観光客を運んでいます。
かつて海が交易の中心だった頃、半島は「アンテナ」でした。ところが都市間移動が主流になってからは、いちばん行きづらい場所になってしまいました。半島の先にはかつて栄えた歴史的な町もあり、景色もよく、こんな場所に上質なホテルなどあれば、一泊数十万円でも海外からの観光客に需要があるだろうと想像できます。それを可能にするのが、こうした半島を飛行機でつなぐ「半島航空」です。
たとえば西まわり・東まわり各1日1便、2日で日本の半島を一周する航路を構想したとすると、大変面白い移動インフラになるかもしれません。国立公園の多くは海沿いにありますから、低くゆっくり飛ぶことができる移動手段があれば素晴しいと思うのです。

街を「読む」ものにする情報アプリケーション
最近僕は、北京政府と開発会社から依頼されて、北京の天安門の南にある「大柵欄(ダーシーラー)」という、1.5Km四方ほどの街区のサイン計画を手がけました。ほとんどが低層の歴史的な街区で、この街区すべてを三次元データ化して、バーズアイ(鳥瞰)と、回りの景色が360度見られるストリートビューを切り替えて見ることができるアプリケーションをつくってみました。
スクリーン上に三次元化された街区を指で操作し、歩き回り、表示されるアイコンをクリックすると施設や店舗の情報を詳細に見ることができます。まだまだ情報量は少ないですが、いずれは街のあらゆる情報を呼び出すことができるようになります。そうすると都市は「読む」ものになる。大柵欄では「北京デザインウィーク」が行われていますが、その展示情報もこうしたアプリを使って確認しながら見て歩くことができます。こうした鑑賞方法が定着してくると、これが意外に便利だということがわかってきました。
アプリの良し悪しということよりも、現実に機能するアプリを考えながらつくることで、われわれの頭の中にも進化が起こり、従来にない仕組みや方法が生まれてくるのではないかと思います。街が評価されるためには、建築やお店の質、歩きやすさなども大切ですが、そこから情報をうまく読み出すことができる「仕組み」の品質が、今後はより重要になっていくのではないでしょうか。
今日は海、空、都市の話をしましたが、これらを総合的に考えていくと、2020年の課題、そしてその先のデザインも見えてくるような気がします。重要なことは、近寄って見るのではなく、少し引いた視点を持つことだと思います。

 

<2>東京の情報をデザインする
田川欣哉(デザインエンジニア)

都市の印象を変える、情報の引き出し方
昨日、神宮あたりを家族と歩いていたんですが、そこで、50歳ほどのヨーロッパの方が二人、地図を見ならが困っている風景に出会いました。声をかけると、公園を抜けて、友人と待ち合わせをしている四ツ谷駅に行きたいんだけれど、迷ってしまった。もう待ち合わせ時間を30分も過ぎてしまっている、と言うんですね。彼らが持っていた地図は地名もいいかげんで、縮尺もわかりにくいもので、それで迷ってしまったのです。この地図は彼らにとって、東京を歩くための唯一のツールで、それが十分に機能してないために、とても不便な思いをしていたのです。

2020年のオリンピックについて、海外から多くの人たちが東京にやってくる状況を考えるときに、自分の半径1mくらいのスケール感で何が起こるのだろうか、ということについて考えてみたいと思います。さきほどお話しました昨日の体験から、僕が過去と最近にわたって訪れたロンドン、サンフランシスコ、フランクフルトの3つの都市の印象が、ITによって大きく変わったことを思い出しました。
まずロンドンですが、3カ月ほど前に訪れたとき友人から紹介されたのは、「ロンドンコーヒーマップ」というアプリケーションです。僕は以前2年ほどロンドンに住んだことがありますが、その当時、ロンドンにはコーヒーのまずい街だという印象を持っていました。その後ロンドンでは質の高いコーヒーショップが少しずつ増えいるのですが、旅行者には、そのような情報はなかなか入ってこない。しかし、このアプリを使うと徒歩圏内にあるコーヒーショップを簡単に探すことができます。で、実際に出かけてみると、コーヒーもおいしいし、そこに集まっている人たちの新しいコミュニティやデザインムーブメントを肌で感じることができる。ロンドンは美味しいコーヒーが良い空間で楽しめる街だ。このアプリひとつで、ロンドンに対する僕の認識はがらりと変わりました。

都市と人の関係を変える情報アプリケーション
サンフランシスコはとても混雑していて、アメリカでもタクシーの拾いづらい街として有名ですね。運よくタクシーを拾えたとしても移民系の英語の通じにくいドライバーも多く、まったく違う場所に降ろされたりしてしまう。旅行者には頭痛のタネでした。しかし2009年に「UBER(ウーバー)」という配車サービスの会社ができて、状況が一変しました。「UBER」は、スマートフォンのアプリを起動させると黒塗りの車で迎えに来てくれ、ドライバーが降りて車内に案内してくれる、ホスピタリティに富んだ素晴らしいサービスです。
サンフランシスコは、少し足を伸ばすと美しい場所がたくさんあるのですが、タクシー状況の悪さが移動体験全体の品質を下げていました。しかしこのサービスと出会ったことで、移動はとても快適で楽しいものになり、結果として、僕はサンフランシスコが大好きになってしまいました。

最後はフランクフルトです。ドイツの都市ですが、主要な交通機関のサインには必ず英語が併記されています。しかし少しローカルな場所になるとドイツ語表記しかなく、情報が全く頭に入ってきません。ドイツ語ならまだ予測もつきますが、世界には全く読めない文字もあって、そうするとますます知覚が遮断された感じになります。自分と都市の間の結合感が非常に弱い感覚です。
しかしそんな場所でも、スマートフォンの「Word Lens(ワードレンズ)」というアプリを使えば、内蔵カメラのレンズをかざすだけで現地語が翻訳されて視覚的に表示されます。レストランのメニューにかざすと、スラスラ読めてしまう。そうすることで、自分と都市の間がぐっと近づいたような、そんな感覚を味わうことができます。
今、2020年に向けて、東京都は公共交通機関のサインをすべてバイリンガル化する計画がもちあがっているようです。それはとても重要なことではありますが、2020年に日本に来る人たちは非英語圏やアジア圏の人たちも多く、英語や中国語だけの表示ではすべての人々をカバーすることはできません。それをソフトウェアで解決することを考えることで、人間と都市の関わり方をより良くすることができるのではないでしょうか。

完璧な情報環境で、ユーザーフレンドリーな日本をつくる
人と都市は、リアルでつながる部分と情報でつながる部分があって、後者はこの10年ほどで激しく進化してきました。慣れない街で旅行者が感じる「弱者感」をソフトウェアの力でリカバーできれば、都市との密接な関係をもつことができる。都市と人との間にインターフェースを構築することが、近い未来に対する選択肢として存在しているのです。
では、具体的にはどのようにつくればいいのでしょう。これは僕の志向でもあるのですが、ある目的に特化して、そのためにだけつくり込むのではなく、オープンな感覚で取り組むことが大切なのではと考えています。先ほど紹介した3つのアプリケーションは、東京のために作られたものではないですが、そのまま東京に持ってくることができるでしょう。そんな融通性のあるアプローチが必要なのではないでしょうか。
たとえば自分で何かやるとしたら、東京を活性化するようなアプリケーションを世界中から100個探してきて、制作者や運営者にも会って話を聞いて、セレクトして紹介する、ということができれば面白いと思っています。それを国際線で東京に降り立ったすべての乗客に配れば、東京の印象はかなり変わるのではないでしょうか。
もうひとつは、東京の公衆Wi-Fiの環境を完璧なものにするということです。すでに個別の取り組みは始まっていると思いますが、さまざまな事業者が参加していて、それぞれの意図と制約もありますから、ユーザーにとっては必ずしもフレンドリーなものになってはいません。こういうところにこそ、デザイナーが参加するべきだと考えます。
たとえば空港で公衆回線のパスワードをもらい、一度ログインすれば、東京のどこにいてもストレスなくインターネットに接続できるような、スーパー級のユーザーフレンドリーな環境の整備です。そういう環境に加えて、さらにさきほどのようなアプリケーション群を整備すれば、小さな投資で大きな効果が得られると思います。

最後に、これは「オープン・クリエイティブ・アセッツ」という、提言というか妄想ですが、オリンピックに限らず、先輩デザイナーのクリエイティブの過程や結果、クライアントへの提案資料などを、編集を介さないで一次情報としてアップロードしていただき、それを、すべてのクリエイターや、クリエイターを目指す人々が自由に閲覧できるような仕組みをネット上に作ることができないだろうか、ということです。
たとえばここにいらっしゃる深澤さんの発想のスケッチ、原さんのプレゼンテーション資料を見ることができれば、すごく勉強になるわけです。先輩たちは何をやってきたのか、それを共有し、学び、批判的にも継承していくことで世代をつなげていくことができれば、日本のクリエイターのレベルの底上げにつながり、結果的に、東京の街づくりにも大きな力となるのではと考えています。

<3>東京2020のデザインノート
深澤直人(デザイナー)

「discipline(ディシプリン)」な日本の発見
僕の仕事の約6割は海外の仕事で、海外の人たちと話す機会も多いのですが、彼らに日本の印象を聞くと、「きれい」「食事がおいしい」などという答えが返ってきます。ですが、ちょっと聞きなれない「discipline(ディシプリン)」という答えが返ってくることがあります。これはほめ言葉で、辞書的には鍛練、抑制された、修練されたというような意味です。
こうしたことは、われわれ日本人にはすでにシェアされてしまっているのでなかなかわかりません。しかし2020年のオリンピックで、海外からの観光客が何を目的に日本に来るかを考えた場合、それに対して伝統文化を見せようと考えるのではなく、日本が誇れるものは、見えない鍛練の中で非常に統制の取れた規律を守るような感覚、すなわち「ディシプリン」なんだろうと思います。
たとえば海外では、列に並んで待っていても横からどんどん入ってきて、いつまで待っても自分の順番がこないようなことを経験します。日本のような整然としたマナーが共有されていないんですね。「見えない道義性」といいますが、日本では見えないところで起こっていることに対するインタフェースが非常に発達していて、外国人がびっくりするほど整然としています。このディシプリンを磨いてさらに高めることが2020年までの6年間にできることかな、と考えています。
ディシプリンに関連して「integrate(インテグレイト)」という言葉もあります。これは統合された、整合性のある、正当性がある、整ったという意味ですが、破綻を修復し、美しい統制のとれた環境をつくり出すという意味で、日本が長けている点だと思います。

新しいタクシーが変える日本の交通
ちょうど今、ある自動車関連のハードウェアメーカーで、これからの時代をにらんでソフトウェア的に考える「兆しプロジェクト」というものを展開しています。生活や社会にさまざまにある「兆し」をうまく捉えて、それを未来にどのように実現していくかを考えるプロジェクトで、クルマ社会の未来を考えてみました。たとえば渋谷には、クルマで行きたくないですよね。このプロジェクトを通して、単に道路整備という意味のインフラ整備ではこれからの交通は考えられないのではないか、ということが見えてきました。そこでこんな提案をしてみました。

【DVDナレーション】クルマを取り巻く社会に、今、大きな変化が訪れようとしています。経済効率やエコロジーへの関心が高まる中で、若者はかつてのようにステイタスや自己表現としてクルマを所有しなくなり、また都市でクルマを所有する不合理な点にも気づき始めています。クルマを所有せず、カーシェアリングやタクシーを利用すれば費用も軽減でき、その分を生活環境の向上に充てることもできるでしょう。
都会での自家用車の実際の使用頻度は低く、1台あたりの乗車率は1.4人、都心部での平均速度は時速1.8Kmで自転車よりも遅いといわれています。一方老齢化社会は進み、都心では30年後、すれ違う人の2人にひとりは高齢者です。2030年にはクルマを運転しなくなる70歳以上の人口が1千万人を超えると予測されます。公共交通機関は発達しましたが、長い階段や乗り換えは高齢者には障害となります。
将来クルマは所有するものではなく、必要なときにシェアするものへと変わるでしょう。その「公共のクルマ」を、今よりもっと手軽に利用できるシステムが求められています。それにもっとも近い存在が「タクシー」です。
しかし現在のタクシーは開口部が狭く、高齢者には乗り降りが負担ですし、運賃も高く「ぜいたくな乗り物」というイメージです。現在の乗車率は40%程度で、「空車ながし」や「客待ち駐車」で都心の交通渋滞の一因ともなっています。
「未来のタクシー」は新しいカタチへと生まれ変わります。
狭い小道にも入ることができるコンパクトな車両サイズに対してドアの開口部は広く、段差もなく乗り降りがスムーズな、高齢者にやさしい都市型ビークル。内部は用途に合わせた使い方ができ、自転車やベビーカー、車イスとともに乗り込むことができます。車内では目的地までの時間や運行状況など必要な情報も得られます。
「オンデマンド型配車システム」によりスマートフォンや専用端末から手軽に最寄りのタクシーを呼ぶことができ、効率的な配車で空車のムダを減らすことでコストを削減します。ぜいたくな乗り物だったタクシーに、今よりも近隣の移動に使えるエコノミーな運賃が実現します。またスマートグリッドを利用した効率的な車両の充電や、車両同士のエネルギー補完も可能となるほか、クリーンなエネルギーによって、家の中から病院の中へ行き来できる未来も夢ではありません。電車のホームから直接乗り込めば、高齢者にも負担のない乗り換えが可能です。
また車両をメディアとして利用することもでき、クルマの概念が大きく変わります。移動だけではなく、車両を空間として利用することもできるでしょう。タクシーの未来から、都市やクルマの新しいカタチも見えてきます。所有しなくても、誰でもいつでも車を気軽に使える時代がやってきます。

「Very discipline!」な2020年の日本をめざして
こうしたプロジェクトがなぜ実現しないかというと、まずタクシーを軽自動車にするだけでも法律に抵触します。考えは進んでいても、法整備が追いついていないのが現状です。
電気自動車もどんどん進化していますし、スマートフォンに象徴される情報網もこれだけ発達し、自動運転の技術も実際に使われ始めていますから、将来的には運転手も必要なくなるかもしれません。カーシェアリングも登場して、好きなときに好きなクルマに乗るというユーザー感覚もでき始めています。いろんなところで機は熟しているのに、法律が最大のネックになっているのです。
しかしコミュニケーションと、日本の産業を支えてきたクルマ業界がうまくリンケージすれば、駅のかたちも、そこで過ごす人たちの様相も変わってくるでしょう。第1部で話題となった渋谷は若者の街ですが、老人が行けないのも寂しいですよね。今日ここにお集まりのみなさんの半数は、こうした「タクシー」のようなシステムがなければ、将来渋谷には行けなくなります(笑)。ですから、たとえば交通手段を変えて、2020年に東京を訪れた外国人に「ヴェリー、ディシプリン」と言わせるような国にしたらどうかと考えています。