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[特別講演]
レジブルロンドン ーロンドン市の交通サインシステムー

サム・グラム
ラコック・グラム・ステュディオ 創設者兼クリエイティブディレクター
レジブルロンドン計画 デザインディレクター

 

歩行移動のためのサインシステム ~レジブルロンドン~
私たちは長年レジブルロンドンというプロジェクトに携わってきました。レジブルロンドンは、ロンドン全域にある歩行移動のためのサインシステムであり、旅行やビジネスでロンドンに来る人はもちろん、ロンドンに住んでいる人たちにもとても役に立っているサインシステムです。
多くの専門家が集まったコラボレーションのなかで、私はプロダクトデザインならびに複数いるディレクターの1人としてプロジェクトディレクションに携わらせていただきました。
そもそも徒歩の移動には、どのようなメリットがあるのでしょうか。徒歩は健康に効果があり、長期的には医療費対策にもなります。また、人通りが多い通りは、より安全だと言われています。そしてCO2削減につながりますし、渋滞や混雑に起因する予算の増加を緩和します。都市の様々な地域で、確実に経済的なメリットが期待できるのです。
経済的効果を示す、ひとつの面白い例があります。それは、徒歩で移動している人が、もっとも地域にお金を落としているということです。これはリサーチの結果です。ロンドンの主要ないくつかの商業街区で1ヶ月の平均支出が一番多かったのが、徒歩移動をメインにしている人たちでした。
では次に、どうしたら私たちは徒歩で移動しようという気持ちになるのでしょうか。移動ルートとか歩行者専用道路、街路、横断歩道、歩道橋など様々なインフラが重要なのはもちろんですが、同様に徒歩移動に必要な情報がきちんと用意されているかという点があります。「歩いた方が早い」とか、「1kmは12.5分で移動できる」という情報やデータは、ほとんどの人に知られていません。別のリサーチでは、歩くことに前向きになるような情報があれば、57%のロンドン市民が歩いて移動したいという結果が出ました。
東京とロンドンを比較してみると、都市部の地下鉄の駅密度はおおよそ同じくらいかなと思っています。東京でもロンドンと同じように、徒歩での移動の方が早いケースが以外に多いのではないでしょうか。
さらに私たちは、今いる場所から目的地に移動したいのであって、決して駅を経由したいわけではありません。現在地から目的地を直線でつなげられる場合は、移動時間はさらに短縮されることになりますが、必要な情報がなければ行動できません。このことからも、情報が駅前にあるだけでは不十分なことが分かります。

フィジカルサインの必要性
それでは、みんながスマートフォンを持っている時代に、なぜフィジカルなサインが必要なのでしょうか。街にサインがあれば必要な情報が即座に取れて、いくつかの目的地に行きたいときは、頭の中でプランをつくれます。道に迷うことを恐れずに散策してみようと気持ちになります。ここが非常に重要で、そういうシステムがあれば、街をもっと知ってみようと思うのです。
ナビゲーションは、A地点からB地点へ移動するときは非常に便利なのですが、その途中区間を散策してみようという気持ちになるかというと、まだまだ疑問が残ります。

デジタルサインの可能性
次に、公共でのデジタルサインの可能性について考えてみたいと思います。最新情報のブロードキャストなどたくさんの魅力があるデジタルサインですが、デジタルデバイスの搭載や運営、マネジメントには高いコストがかかります。ロンドンでもデジタルサインに関する取り組みがありますが、サインとして満足できる技術的な問題ですとか、野外で使うときの信頼性、耐久性が課題になっています。
なかでも一番大きな課題であると言われていることが、デジタルスクリーンなのに、複数人で利用できないということです。レジブルロンドンは1時間に最高300人が利用するというデータがあるなかで、デジタルスクリーンの公共化には、まだまだ課題が残っています。
デジタルサインへの取り組みは、高い技術力を誇る日本が挑んでいくべきチャレンジだと思っています。ふさわしいデジタルの活用とは何なのか、長期的に経済的なメリットをつくれるデジタルサインとは何なのかなど、今後も積極的な議論を続けていっていただきたいと思います。

一貫性、シングルサインの重要性
ここまでサインの重要性について話してまいりました。ここからは、一貫性の重要性、シングルサインの重要性についてお話します。
レジブルロンドンを始めた頃、ロンドンには32のばらばらなサインがありました。これはレジブルロンドンを始める頃、私が自転車や徒歩でロンドン中を走り回って集めた数字ですので、正確とは言い難いところがありますが、32のサインは地方自治体、交通機関、民間など個々に行われ、まったくコーディネートされていませんでした。東京都にある区のような行政区画をロンドンではバラと呼びますが、個々のバラがサインを含む道路の管理をしていました。
プロジェクト開始当初、繰り返し議論されていたのが、ユーザーのベネフィットになる一貫性のことよりも、それぞれの地域の特色をどのように活かすかといことでした。そうした議論に対して私たちは論理的なデータを集め、徒歩移動のシステムやシングルサインの価値をしっかり指し示すことでプロジェクトを進めていきました。ユーザーにとっての価値はもちろんですが、事業者、交通機関、行政にとっての経済的メリット、さらには都市にとってどのようなメリットがあるかを明確に提示しました。
私たちが一番大切にするべき視点は、ユーザーの視点であると思います。バリアフリーの考え方から、限りなく幅広い人たちに使ってもらうサインにするために、たくさんのテスト、検証を繰り返し行うことで現在のレジブルロンドンを実現したのです。
サインに記載されている情報に一貫性が必要であることは、イメージしやすいと思いますが、フィジカルなサインそのものの一貫性はどうでしょうか。仮に記載されている情報が同じだとしても、パッと見で印象が違うサインであれば、ひとつのシステムとして認識できないのではないでしょうか。仮に個々の自治体が、ばらばらなサインをつくったとしたら、複数の自治体が隣接するエリアなどでは、複数のサインが入り乱れることになり、ユーザーである私たちは混乱してしまいサインの信頼性を失いかけます。このようなリサーチに基づく論理的で誰にでも納得できる説明が、関係者にシングルシステムの重要性を訴えかけたのです。
私たちはビジターが都市を訪れた際、都市内でのスムーズな移動ができることやビジネスのしやすさなど、様々な要素を総合して都市を評価しているという点を再確認しました。
都市の機能性を突き詰めることによって、その機能やそこから生まれる体験価値が都市のアイコンになり、さらには都市ブランドの向上に貢献するのです。都市にとってのベストなサインを考える際のキーワードとしては、ユーザーの評価とか街としてのプライドとか経済効果など様々な要素がありますが、何よりも大切なことは都市をより機能的にするということであると思います。

プロジェクトを進めるための体制をつくる
では、プロジェクトを推進するために誰が主体となって動き、どのようにチームが運営されるべきなのかについてお話をさせていただきます。
レジブルロンドンは、長い時間を要しました。オリンピックの7年前に本格的にプロジェクトがスタートしましたが、実はそこからさらに遡ること6年前にはシングルシステムに関する調査、調整、説得活動が行われていました。
レジブルロンドンには大勢の人が関わっています。地方自治体、交通機関、行政、ビジネスパートナー、デザインチーム、アナリスト、生産やメンテナンスを担う専門家など。しかし、そうしたプレイヤーの中でも私が特に重要に感じていたのが、プリティカルブローカーと呼ばれる人たち、つまり官民の仲介役となる人たちです。
ロンドンのケースでは、セントラル・ロンドン・パートナーシップという官民双方から出資を受け、ロンドンの中心地の改善を目的とした団体があるのですが、彼らが中心となってレジブルロンドンの当初の活動を牽引しました。
さて東京では、どのようにチームが組まれ、どのようにプロジェクトが進んでいくのでしょうか。プロジェクトの中心となって牽引する人とか、周囲を説得するためのリサーチを実施し続けるために正しい体制をつくることが不可欠です。積極的な議論を続けていただきたいと思います。
レジブルロンドンのような大きなプロジェクトを考える際に、始めから具体的に費用がいくらかかるかということは、なかなか想像しにくいものでした。ですが実際に小規模でもいいからリサーチを始めようという取り組みのなかから、具体的な全体像が見え初め、誰が関わらなくてはいけないかが分かってきたという過程がありました。なるべく早い段階で、誰が、どの団体がどのような割合で予算をつけるか、こうしたことに関して早急な話し合いが必要であると思います。
これから東京は、大きなチャレンジに直面します。そうしたなかで、外国人が来やすくて住みやすい都市、居心地のいい都市になることを期待しています。

レジブルロンドン成功の鍵

最後にレジブルロンドンの成功の鍵となった3つのキーワードについてお話します。
まずひとつ目ですが、説得力のあるデータを収集するということが挙げられます。小規模でもかまわないので、東京で積極的に調査を始めることをお勧めします。耐久性のあるデジタルソリューションを実現したいのであれば、きちんと長期的な経済的効果が期待できるソリューションを見出すことが大事です。
ふたつ目のポイントは、様々な専門性を複合するプロジェクトチームの構築が挙げられます。官民の垣根を超えたパートナーシップでチームを牽引でき、確実にプロジェクトを前進させていけるようなセントラル・ボディが必要です。同時に、自分たちで画いたあるべき姿を実現するための十分な説得材料を集めることが必要ですし、またファンディングを担保するためのチームづくりが必要です。
最後に、今だからこそひとつの目的に向けて力を合わせる必要があります。タイミングは非常に重要です。世界中から注目される機会が2020年に日本にやってきます。時間的猶予は多くはありませんが、大きなチャレンジが目の前に迫っているこの素晴らしい機会を、東京と日本のために活かしてください。個々の努力がばらばらに存在するのではなく、相乗効果となるような体制を是非つくってください。
パブリックデザインの一番のやりがいは、都市のレガシーを生み出せることです。都市の機能性を向上させるという非常に難しくとも価値のある目標に対して、真っ向から向き合っていただきたいと思います。
正しいサインによって、人々の移動の質が高まるということは、ユーザーにとってはもちろんですが、経済にとっても、またアジアのハブとなり得る東京においても、素晴らしい効果をもたらすことができます。東京はそれができると信じています。是非、力を合わせてがんばってください。

 

LANDSCAPE DESIGN No.104/2015年10月号掲載(発行:マルモ出版)